
沖縄から超ド級にヘヴィな音を掻き鳴らすバンド、ROACHがニュー・アルバム『NO REASON IN THE PIT』を完成させた。今作はMiya(MUCC)が手掛けたデジタル調のオープニング・ナンバー「MADE IN BLOOD」に驚かされるが、その中身も前作を上回るタフでパワフルな音像を叩きつけている。観客が歌い、拳を突き上げ、暴れ、ぶつかり合う。そんなモッシュピットの光景がさらに脳裏に浮かぶような、生々しく、刺々しく、押し引きのダイナミズムが増幅された楽曲が揃っている。彼らの魅力は何と言っても沖縄音階を用いたtaamaのクセの強いヴォーカルと、現代風ハードコア/メタルコアの合体サウンドにある。懐かしさと新しさのその先に、いままで聴いたことがなかったニュータイプのラウド感を提示しているのだ。もっと言えば、メタルコア以外の、沖縄音楽好きや一般の音楽リスナーもスッと入れる素晴らしいメロディを奏でるバンドなので、是非多くの人に聴いてもらいたい。今回は自分が以前から彼らに聞きたかった質問を含め、全部ぶつけてみた。モッシュピットの中に真実を求め続ける男・taama(Vo)の答えは、とても興味深かった。
TEXT:荒金良介
ROACH「No Reason in the Pit」MUSIC VIDEO
●バンドの結成は03年にまで遡りますよね。その頃にやりたかった音楽は?
taama(Vo) 結成当時から、スタイルはほとんど変わってないと思います。もともとエクストリーム・ミュージックに憧れて、ROACHというバンドを結成したんですよ。けど、スクリームだけでは満足いかずにメロディのある曲を作るようになりました。
●そうなんですね。紙資料に「基地周辺のライヴバーで米軍相手に腕を磨く」と書いてありますけど、当時はどんな状況でライヴをやってました?
taama 県内のライヴ・ハウスでライブするのと同じように、米軍基地の中や基地周辺のライヴ・バーでやってました。ステージもモニターもない、ヴォーカルだけマイクで拾って、後はボリューム・マックスの生音!みたいな場所や、トレーラーの上やレストラン、ストリップバーのステージでポールダンス用のポールのそばとかでも歌ってました。今でもミキサーにマイク直接ぶっさして、ビリヤード台のそばとかで歌ってます。去年なんて、モッシュでビリヤード台がぶっ壊れちゃいました(笑)。
●はははは、そうなんですか。
taama 「音楽に国境はない」という言葉をよく耳にしますけど、そんな場面をたくさん見てきたんですよ。何かのために集まり、共に笑い合う。人はそれだけできっと十分なんですよ。僕らの場合、ただそれが音楽だっただけです。
●少し話題を変えますが、沖縄インディーズ・シーンと言えば、地獄車、BLEACH(解散)、Abiroji(旧名・零戦)など個性的なヘヴィ・バンドを輩出してますよね。MONGOL800、HY、ORANGE RANGE以降・・・その辺のバンドも僕は好きなのですが、どちらかと言えばポップ・サイドに位置するアーティストたちだと思います。そういう意味でROACHの音を聴いたときに、久々にヘヴィでかっこいいバンドに出会えて、とても嬉しかったんですよ。ROACH以外にも沖縄でヘヴィな音を鳴らすバンドはいると思いますが、自分たちが全国各地でライヴをすることで、沖縄にもヘヴィでかっこいいバンドがいるということを世に知らしめたい、あるいは、沖縄でヘヴィな音を鳴らすバンドがもっと増えてほしいという願いはありますか?
taama もちろん、沖縄にも素晴らしいバンドたちがたくさんいることを知ってほしいですし、もっとバンド人口が増えて欲しいと願ってます。でもジャンルへのこだわりは特にありません。ジャンルや立場に関係なく、人と人が笑い合えれば、それ以上のモノなんてないような気がします。かつての沖縄の先輩方に影響を受けた僕らのように、僕らも何かを残していきたいという想いは強くあります。ですが、それはもう沖縄という島を飛び越えて、日本という国に対しての想いになってきてますね。今回の『No Reason in the Pit』は、去年一年のたくさんの出会いが作らせてくれた作品なんです。沖縄のバンドたちにどんどん外に出て行ってほしいですし、県外のバンドたちに、どんどん沖縄に来てほしい。みんなの接着剤みたいな存在でありたいと思っています。
●ではROACHの音楽性に関して、根本的な質問をさせてください。ヴォーカルは沖縄音階のメロディ(もっと言えば民謡調のクセの強い歌い回し)を用い、バックの演奏はハードコア/メタルコアですよね。この対比がほかのバンドにはない強烈なオリジナリティになってて、最初に聴いたときは本当に衝撃を受けました。自分たちの個性に気付いた、あるいは意識するようになったのはいつ頃ですか?
taama かつて先輩たちがそうしていたように、沖縄のアイデンティティを表現したいというのは自然な気持ちの表れだと思います。当時はそこまで意識してなかったんですが、県外に出て、「ものすごく沖縄らしい」と言われるようになったんですよ。そこで改めて自分たちの音楽性を再認識しました。やってることは時代と共に多少変化しながらも、根っこの部分は結成当初から全く変わっていないと思います。むしろ、逆にその考え方のせいで窮屈な曲が生まれないように、自由にいろんなメロディを作るように心がけてます。きっと、そうやっていろいろトライしていくことで本当に大切なモノが見えてくるんじゃないかなと。人は変わらなければ、変わらないモノに気付かない生き物ですからね。単純なことで僕、やらないとわからないんですよ(笑)。
●あと、日本語詞の曲で丁寧な歌詞の言い回しが印象的で、これにも少なからず驚いたんですよ。普通こうした攻撃的な音を出すバンドであれば、歌詞も攻撃的になってもいいはずなんですが・・・。
taama 敬語を使うことに特別な意味はそこまでないんですけど、日本のフォーク・ソングの情景描写や、赤裸々に綴る歌詞には大きな影響を受けてます。歌詞を書く上で僕がもっとも大事にしているのは、伝わりやすい歌詞、届きやすい言葉なので、そこから生まれた世界観だと思います。
●言葉使いがユニークであると同時に、taamaさんのヴォーカルも「歌」というよりも、「唄心」と表記したくなる声です。音楽性自体は海外のラウド・バンドの影響が強いと思いますが、現在のヴォーカル・スタイルを形成する上で影響を受けたものは?
taama 最上級のほめ言葉ですね。ありがとうございます。僕が最も影響を受けたのは基地から流れてくるアメリカン・カルチャーと、沖縄で生まれた独特のサブ・カルチャーです。沖縄では古くから、音楽は鑑賞するものではなく、楽しむものでした。その影響は脈々と受け継がれていると思います。
●前作『BREED OF THE SUN』について振り返ってもらってもいいですか? まずポエトリー・リーディングのような1曲目「紡ぎ目」があまりにも衝撃的で心の底から感動しました。バンドがここに至るまでの思いを赤裸々に綴られてて、特に「待たせたままで、やめるわけにはいきません」という歌詞にはドキッとしました。前作に辿り着くまでのバンドの状況や思いを聞かせてもらえますか?
taama もともとムックとの出会いから、L'Arc~en~Cielの在籍するMARVERICKと契約しました。契約中は日本武道館やSUMMER SONICへの出演など、よくして頂いたのですが、やむを得ない理由で契約を終了することを選びました。しかもメンバーが2人同時に抜けちゃって(元はツイン・ギターでした)、待ってくれていたファンを心配させるのが嫌で、脱退が決まった時点で全国ツアーを切りました。それからメンバーを探して、今のドラムのダイスケが加入しました。脱退ライヴの翌週には新メンバーでライブをして、そのまま全国ツアーに出ました。その後も東京でワンマンをしたり、台湾ツアー、アメリカでツアーとレコーディングと、どこまで4人でできるのか知りたくて、やれることは可能な限り全部やりました。ほんときつかったです。いつも崖っぷちで、いつ解散してもおかしくないくらいピリピリしてました。4年近く止まったリリースが決まったのが去年の2月なので、死ぬほど嬉しかったですね。
●前作の歌詞は「自分を愛すること、自分をあるがままに受け入れること」という内容が耳に残りました。それってリスナーに対してという部分もあるかもしれませんが、自分たちに対して投げかけている言葉でもあったのでしょうか?
taama いつだってそうだと思います。常に自分の中のリアルを届けたいと思っているので、歌詞は聴き手へ届けたい想いであるのと同時に、自分自身への励ましでもあります。自分自身が弱い人間だと知っているし、本当は誰かにいつも助けて欲しいと願っていたから、自分が誰かに言って欲しかった言葉を叫んでいたんだと思います。
●前作から今作の間に震災がありました。昨年の3月11日、ROACHはどこで何をしていましたか? 今作を制作する上で、震災は何かしらの影響を与えていますか?
taama あの日はツアーから帰ってきたばかりで、沖縄にいました。あの時の衝撃は今でも忘れられません。音楽なんかやってる場合じゃねぇよ!って、本気で国が滅びるんじゃないかって怯えてました。沖縄は震災の影響は皆無で、だから余計にテレビの中の出来事がものすごく恐ろしかったです。だから、震災の2週間後には東京でワンマンライヴを控えていたのですが、自分たちを奮い立たせて敢行しました。ここで逃げてしまったら、今まで応援してくれた人たちに申し訳が立たないから、せめてライヴをしてる時だけでも震災のことを忘れて欲しかった。仙台から根性で駆けつけてくれたファンの子とかもいて、もう言葉にならなかったです。震災後、東北の方にも何度かツアーに行きました。衝撃的な景色にただただ黙って車を走らせました。震災の影響のない沖縄にのほほんと暮らす人間が、被災した方々を励ますことができるのだろうかと、すごく戸惑いました。なので、大々的に東北の皆さんを想った歌は作っていませんが、結局歌詞を書いているといろんな景色や想いが重なりましたね。今を生きるすべての人々へ、笑顔を届けられるような歌い手でいたいと思っています。
2003年沖縄にて結成。米軍基地周辺にて米兵相手に腕を磨く。
2度に渡る日本武道館公演(天嘉-伍-/JACK IN THE BOX2007) 、Indepence-D2007、SUMMER SONIC07等に出演後、しばらくの間沖縄県内のみで活動。
その後、台湾公演・USツアーを成功させ待望の本州での活動を本格的に再開。
2011年2月に3年ぶりのリリースとなった「BREED OF THE SUN」発売後には激ロックGIGにてFear, and Loathing in Las Vegas、ROTTENGRAFFTY、SiMらとの共演や、沖縄にPay money To my Painを迎えて3マンを行なう。
9月には渋谷CLUB QUATTROにて沖縄県出身バンドのみで開催した「098-」を主催し600名を動員。
そして、1年ぶりとなる本作はミヤ(MUCC)や左迅(ギルガメッシュ)をゲストアーティストに迎え、前作よりも深化したVo.taamaの世界観をより確立した作品となっている。
MONGOL800、ORANGE RANGE、HYの次世代である沖縄ストリートロック第4世代のバンドとして、琉球独特の優しいメロディと強靭なハードコア・サウンドを武器に 年間100本以上のライブを行う。
モッシュピットをこよなく愛し、沖縄から日本の奥深くまで 浸食中!!
【ROACH-No Reason in the Pit Tour-】
2/4(土)桜坂セントラル
2/11(土) Shibuya Milkyway
2/12(日) Shibuya Milkyway
2/14(火) 横浜LIZARD
2/15(水) 八王子MatchVox
2/16(木) 厚木Thunder Snake
2/18(土) 名古屋UPSET
2/19(日) 渋谷clubasia
2/22(水) 滋賀U☆STONE
2/23(木) 京都MUSE
2/24(金) 大阪AVENUE A
2/26(日) 神戸太陽と虎
2/27(月) 心斎橋CLUB DROP
2/29(水) 広島CAVE-BE
3/1(木) 山口SHUNAN rise
3/3(土) 大分SPOT
3/4(日) 長崎DO!
3/5(木) 福岡graf
3/7(水) 松山SALON KITTY
3/8(木) 高松DIME
3/10(土) 奈良NEVER LAND
3/11(日) 和歌山GATE
3/14(水) 神戸KINGS CROSS
3/16(金) 京都MOJO
3/17(土) 心斎橋CLUB DROP
3/18(日) 名古屋UPSET
3/20(火) 下北沢SHELTER
3/21(水) 八王子MatchVox
3/22(木) 横浜F.A.D
3/24(土) 郡山#9
3/25(日) 仙台MACANA
3/27(火) 新宿Marble
3/30(金) 渋谷clubasia
3/31(土)Shibuya Milkyway
4/11(水)渋谷CLUB QUATTRO
4/12(木)Shibuya Milkyway
4/22(日)桜坂セントラル
5/4(金)名古屋GOLDRUSH2012
5/5(土)京都GROWLY
5/6(日)岐阜REVER
5/11(金)大阪DROP
5/12(土)名古屋R.A.D
6/1(金) 渋谷egg-man<深夜>
6/8(金) 下北沢SHELTER
6/28(木) 渋谷O-WEST(ワンマン)
